腎臓結石 2009

『腎臓結石(Kidney Stone) 2009  2009年10月11日撮影
上の二つの写真は、同じ石の表裏です。サイズは約3×2mm。スキャナで撮りました。
前回(2006年)の石(こちら)とは成分が違うようで、今回は石英のような結晶が良く成長しているように見えます。角がかなり鋭いですね。
40年間で10回目くらいの再発で、今回は小さくて良かった・・・とは言え、出るときの痛みはかなりのものでした。今回の製造元は、右側の腎臓です。
★これ以降、年間は再発していません。年間は20歳代の初回発症以降、最長記録です。いつまで更新できるでしょうか。

下記は、今回の顛末です。時系列で追ってみます。

2009年10月11日(日)
04:00 起床直後、右腰やや上の背中に軽い鈍痛を覚える。「来た!」と直感。

04:40 妻を金沢八景駅付近へ送るため車で出発。
鈍痛はあるが大したことはない。激痛が来ないことを祈りつつR16を下る。

04:55 金沢八景着
鈍痛が少し強まったが大したことはない。取り敢えず帰宅しよう。

05:10 家に帰着
車庫で車を降りたら額に脂汗。鈍痛がさらに強まっていることを認識。
20年ほど前に診察していただいた(
Note)ことのある追浜の南共済病院へ行くことを決意。
尿管に入り込んだ石で尿がせき止められ、腎臓の膨張が進んだ段階。
R16を走りながら、東富岡の消防署に飛び込んで救急車をお願いしようと考えたが通過。
信号待ちが辛いが運転は努めて冷静に、暑くもないのに体中に汗をびっしょりかきながら走り続け、今度は泥亀町の消防署へ飛び込もうとしたら消防車と救急車がたくさん並んでいて車を停める余地がない。裏手の駐車場に回ろうかとも考えたが「もう少しで追浜だから頑張ろう」と通過。
過去に運転中に痛みで気が遠くなったり、嘔吐したりしたことがあったので、いつでも停車できるように左車線をキープ。
つい先程来た金沢八景駅前を通過。

05:40 南共済病院到着
「これで助かった!」と思いきや、救急受付で「来る前に電話を下さい!」と怒られ、「今日の当直は耳鼻科の先生なので対応できないかも知れませんよ!」と冷酷な対応。
「電話なんかする余裕はないよ」と思いつつ、脂汗をかきながら待つ。
待たされた挙句、「先生が診察できないと言っている。医療情報センターの電話番号を教えるので泌尿器科の先生がいる病院を聞いて行って下さい。」と。
「こんな状態なのに自分で電話をして勝手に行けと言うのか!」と、冷たい対応に憤りを感じたが、何となく痛みが引いてきたので医療情報センターに電話せず帰宅することにする。

医療情報センター
横浜: 045-201-1199
横須賀: 046-822-0119 (金沢区は横浜の南端だから横須賀の方が近いかも知れないと)

06:00 南共済病院の有料駐車場を出発。石はこの頃に膀胱へ落ちたと思われる。
家に帰着したときには痛みが解消していた。
昼近くまで、何回かトイレに行ったが膀胱にあるはずの石は出ず。
何回目かの排尿の後、尿道の途中に何かが引っかかっている。キュッと力を入れると痛みを感じる。
水分を多く採ったところ、昼頃に出た。痛みはなく、いつもの「ん?」という感じで石の通過を認識。
便器の底から割り箸でそっと摘んで取り上げたのが、上の写真。
尿道の途中で引っかかったのは初体験。水をがぶがぶ飲み、尿意を催しても少し待って一気に出すのがコツのようだ。

Note: 診察時点では「X線で石は発見できないが、血尿が出ているということから、石が出たばかりなのだろう」とのことでした。

結局、痛みが最もひどい時間帯に、診ても貰えない救急病院に向けて懸命に走っていたいうことです。
今回は腰の鈍痛が何日も続くことがなく、幸いなことにひどい痛みを感じた当日に解決しました。石のサイズが小さかったので、腎臓を出てから尿管を移動するのが早かったようです。
南共済病院では、20年くらい前に同じく腎臓結石で診察していただいたことがあります。診察時には既に痛みが去った後で、「レントゲンで石は見えないが、尿潜血が認められるので石が出たのでしょう。」とのことでした。
そのときに左右どちらの腎臓だったのかは記憶にありませんが、最近は左の腎臓が石の製造元として頑張っていました。今回は珍しく右の腎臓です。
背中の鈍痛が左右同時に来たことはありません。すなわち、左右の腎臓から同時に石が出て来たことはありません。ですから、左右共に痛いときは石ではないと考えて良さそうです。
長男もまた、石で南共済病院にお世話になり、「左脇腹が痛い」と訴えていました。鎮痛剤を注射してもらっても効果は薄かったようです。

また、私の場合はいつも石が比較的小さい(最大でも4mm)うちに腎臓から出てくれるので膀胱まで落ちれば問題解決ですが、会社のH氏は腎臓で5mmにまで成長してから出たのでたいへんでした。
H氏が出勤直後、激痛が来て苦悶の末、救急車で病院に搬送。やっと膀胱へ落ちた後も尿管より太い尿道にまで傷を付けながら出たようで、「血尿というより、血液そのものだった」と言っています。
会社のI氏は、港南区の南部病院だと思いますが超音波で破砕してもらったそうです。

腎臓結石、尿管結石、膀胱結石の総称である尿路結石症は『戦後に動物性食品を多く摂る食事になったのが原因であり、糖尿病と同じく富裕病と言われるそうで、『今と同じ生活をしていれば再発は必至』なのだそうです。また、ビタミン剤の連用が原因になることもあるようです。
しかし、石が出てしまえば痛みが解消してしまうので再発予防に真剣になれず、再発を繰り返しています。
ここらで再発予防に取り組もうと、下記の本を買いました・・・が・・・私は決して富裕層ではないし、今回も出てしまったからそのうち・・・これでは再発必至!

★お奨め書籍
たいへん分かりやすい解説に加えて、予防手段が具体的に書かれています。

組み合わせ自由な新レシピ付き
「尿路結石症の治療と食事療法」
発行: 2006年9月10日
著者: 伊藤晴夫/成田和子
発行所: 日東書院本社
〒160-0022 東京都新宿区新宿2-15-14
TEL: 03-5360-7522

①病気つながりで骨粗鬆症に起因する脊椎の圧迫骨折はこちら
②病気つながりで、大腸ガンの写真はこちら(PDF)。2016年1月28日大腸内視鏡検査により巨大ポリープ(しかし良性)と大腸ガンが発覚。2016年2月16日、無事切除。この後、5年間は毎年大腸内視鏡検査を行なってフォローアップが必要。
③大腸ガン切除1年後の大腸内視鏡検査結果はこちら(PDF)。2017月3月14日、大腸ガンと他のポリープの切除痕は正常で再発なし。新たに小さいポリープが発見されたが取り敢えず温存。
④大腸ガン切除2年後(2018)の大腸内視鏡検査もパスできました。あと3回パスすれば、ほぼ安心です。

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