親友と私

『親友と私』  横浜市鶴見区生麦町(現 岸谷3丁目) Googleマップ 金沢区富岡西  昭和37年(1962)頃 山田氏宅の縁側にて
私が中学2年生頃の写真で、この時点では全員コールなしです。左から久保田氏(後のJH1BVG(局免切れ)、山田氏、野村氏(後の7L1???)、そして右端が私(後のJA1POP)。の時点では、みな生きていると思います(だといいですが?)。久保田氏と野村氏は鶴見クラブ(現在のJARL横浜鶴見クラブ)にSWLとして入会しており、「アンカバ問題がうるさくなってきたよー」との情報がもたらされたため、私は慌てて翌年に電話級の国家試験を受けました。鶴見クラブ員のJA1GWC能登谷さん宅から70mの我が家に3.5MHzと7MHzのダイポールを張っていましたから目立たないわけがありません。もっと近い50mにはJA1DGO大田尾さん宅がありました。HAMの過密地帯ですから、さぞローカル各局にはご迷惑をおかけしたと反省しています。しかし、誰が電波を発射したかは非開示にしておきます。

こうやって自分が作ったものを持ち寄り、自慢したり相談したりの毎日でした。私が膝に載せているアルミシャーシーを利用した箱は、トランジスタ式50MHz帯のAMトランシーバです。ロッドアンテナ(テレスコーピングアンテナ)(ホイップアンテナ)が長くてケースからはみ出ています。
受信部は、超再生はとっくに卒業していましたのでスーパヘテロダインだったと思います。送信部は出力が100~500 mWで、周波数の移動は3倍オーバトーンの水晶発振子をいくつか切り替えて行ないました。水晶はFT243ではなくHC-6Uです。周波数調整は、FT243ならネジを外すだけで開けられますから簡単ですが、HC-6UやHC-18Uでもハンダゴテでステムを取り外して行なうことができます。周波数を下げるのは簡単です。一般的には赤チンを塗ると言われていましたが、私はマジックインキを塗っていました。周波数を上げるのは面倒ですが、目の細かい砥石で研げば上げることができます。ただし、FT243以外では蒸着されている電極を削ってしまうとダメです。
なお、上の写真のトランシーバかどうか忘れましたが、ピンクに塗装したものを持ってどこかへ行きましたところ、「ピンクのトランシーバ」が有名になってしまって、お空で冷やかされました。川崎の局とのQSO中に「ピンクのトランシーバの人ですねー」と言われて「川崎まで広まってしまったか」と、恥ずかしかったです。
「ピンク」の言い訳をさせてもらいますと、 ケースのアルミシャーシーは、塗装しないと腐食して汚らしくなります。この頃はHAM以外にラジコンのボートにも凝っており、船体の喫水線下を赤、上を白に塗装したラッカーがそれぞれ余っていたので混ぜてトランシーバに塗ったというわけです。そのボートは、三つ池公園の池で走らせていました。エンジンは、空冷用フィンを取り去ったうえで銅パイプを巻き付け、スクリューの後方に突きだした取水管からの水をその銅パイプに送るという水冷式で、ちょうどいい具合に冷却することができました。

この頃のリグはもちろん自作で、つぎのとおりです。
送信機: HF帯の終段は807、50MHz帯は829B、144MHzは5894 etc.
受信機: HF帯は5球スーパ改造、50MHz帯はそれプラス ハムキットのクリコン etc.

外部リンク: JARL(一般社団法人 日本アマチュア無線連盟)  JA1YJY 横浜鶴見クラブ  QRZ.com(JA1POP)  QRZCQ.com(JA1POP)  総務省電波利用ホームページ>…>無線局等情報検索「アマチュア局」JA1POP 固定局JA1POP 移動局

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